羨望と尊敬(または、喜びと感謝の気持ち)
昨日、友人が訪ねてきてくれました。
(あれ?珍しい、しばらくぶりだなぁ。)と思ったけど、
安易にそれを口に出さなくって良かった。
彼は、旦那さんの命日に合わせて東京からわざわざ来てくれたのでした。
なぜ来てくれたのか気が付くのに、しばらく時間がかかってしまった。
「旦那が骨になったのは今日だったっけ?」という彼の声を聞いて、
「昨日だよ」と答えながら、初めて、あぁそのために…とわかった次第です。
私の中ではすでに、6月3日、先週の土曜日に、
悲しみと祈りの一連の儀式は終わっていて、すでにすっかり日常に戻っていたからです。
3年経つと、こうなるんだなぁ。
もちろん思い出して泣いたり、大声で名前を読んだりすることはまだまだあるけど、
でもすでに私にとって、一番守らなくてはならないものは、私自身の日常です。
だから余計にありがたかったです。
旦那さんの命日を覚えていて、訪問してくれる友人のいることが。
彼の思い出話を聞いて、
ほほえましく、旦那さんの笑顔を思い出して、
3年経っても訪ねてくれる友人がいることに、
改めて羨望と尊敬を、
旦那さんに対して抱きました。
(あの人を愛してよかった)というか、
あの人が私を選んでくれたことに、
改めて素直に、喜びと感謝の気持ちが湧きました。