小さな勇気
女性の友人と電話で話していて、
そしたらその人が、「あなた泣いちゃうかもしれないけどね。」と言いながら、
あることを教えてくれました。
私達の同人誌があるのですが、
その冊子の、とある号に、旦那さんの投稿が載っているのを見つけたんだそうです。
「時間があったから、流して読んでいて偶然見つけた」のだって。
発行年を聞いたら、ちょうど私たちがお付き合いを始めた頃だったけど、
投稿したことなんて、私はさっぱり知りませんでした。
そしたら友人は、「そういうことを、好んで自分から言う人じゃなかったしね」。
「でも読んでいるうちに、彼はそんなことを考えていたんだ…と、尊敬する気持ちが増したのよ」と。
そして、「よかったら、読んでごらん」と私に勧めてくれました。
だけど私、その言葉を聞いた途端に涙腺崩壊を起こし、
記事を読むどころではありません。
ホームページからすぐにでも閲覧できるそうなんですが、
そんな勇気、今はまだないです。
怖い…という気持ちが先に立ちます。
(何が怖いのかはよくわかりません。
だけど怖い。
触れてはいけないものに触れる感じ。
知ってはいけないことを知ってしまう感じ。
旦那さんがどんなことを感じ考えていたのか、
その箱を開けてしまったら、
またひとつ、いつまでも夢にしておきたいものが、消えて行ってしまう気がします。)
だから、誌の号数をメモした紙は、そのまんま引き出しに仕舞い込みました。
そしたら友人は、
「いつでも、読めるときになったら読んでね。」と、私を気遣った言葉をくれました。
以前も一度、書いたかもしれませんが、
旦那さんの「声」も、
以前使っていた古いほうのスマホに残っている…はずなんです。
留守電に録音された音源として。
…はずなんです…と書いたのは、なんか、どこにあるんだか、よくわからなくなっちゃってるから。
私、機械って苦手で(苦笑)。
だけど、別によいと思っているの。
私、旦那さんの声が見つけられなくなっちゃってることを、特に大きなこととは考えていないです。
それというのも、「今さら聞いたってしょうがない」と思ってるからで、
「今さら聞いたって、戻って来ないものね」。
それを言ったら、電話の向こうで友人が、
「その気持ち、すんごくわかる!」と、最大限の共感をしてくれました。
彼女には実は、末期癌の闘病中の旦那様が居るのです。
彼女は彼女なり、「その日」がいつかは来るものと、すでに覚悟はできているらしいんですね。
その彼女が、私の気持ちに共感してくれたことで、
私はふと、自分だけじゃないんだな…と、少し不思議な感じがしました。
そして、不謹慎だけど少し嬉しくなりました。
悲しい思い。
寂しい思い。
みんなそれなりに、それを超えて生きていくのだと。
小さな勇気をもらった気がしています。