あれから1年
あれから1年経ちました。
あれからって、いつから?
私が職場で足を骨折して、やむなく入院したあの日から…です。
旦那さんの命日から、ちょうどひと月経った昨年の7月3日。
職場はもう定時を過ぎていて、一旦帰りかけたんだけど、やり忘れたことに気が付いて一度戻ってきて。
急いで仕事を済ませようとして、倉庫に入り込んだ時に足元を這うコードに片足を取られて、ドタッと転んでしまいました。
ああいう時って不思議なもので、
「ボキッ」と骨の折れる割と大きな音が聞こえたような気がしたし、その瞬間に「あぁ~~、やっちまった。」と分かるんですよね。
ひとりの職員が驚いて駆け寄って来て、「大丈夫?立てる?」と聞いてくれて、
私は特に、足を試しに動かすでもなく、
「無理みたい。」と即答しました。
担架が運ばれてきて、救急隊員さんの質問にいくつか答えて、
私の場合は意識もあったので、
「近くの病院がどこも満床で、これからもう少し範囲を広げて探しますが、北がいいですか?南がいいですか?」なんて聞かれました。
実家は北方面にあり、年老いた両親が居るだけですが、ああいう時は藁をもつかむ気持ちになるもので、小さな声で「北に行ってください」と頼みました。
その後、救急車に乗った状態で、まず中規模の病院に運ばれたのですが、夜間のため大きな手術はできません…と断られてしまって、
結局は実家のある中核市の医療センターに運ばれたのでした。
その時点で確か9時を回っており、病棟はもう消灯時間を過ぎていました。
救急隊員さんが現場に来てから、運ぶ医療機関を見つけるまでが長かった気がします。
一つ一つの医療機関に問い合わせて、受け入れてくれる病院を見つけるまでが相当掛かりました。
だから、意識のある私は、自分が置かれた立場を顧みるでもなく、
ただただ痛みで頭がぼんやりしながら、「救急車の意味、ねーじゃん」なんてうそぶいておりました。
救急病棟から4人部屋の病室に運ばれて、
とりあえず次の日の手術は無理だが、おそらく数日後に手術ができることが決まり、
それまでは痛み止めの点滴を打ちながら、手術を待つことになりました。
その頃になってやっと、
自分が置かれている状況とか、いつ家に帰れるかもわからなければ、仕事にどれだけ穴をあけるかもわからない、どれだけ不安定な立ち位置に居るかが、少しずつ少しずつわかってきました。
ああ、やばいぞ、この状況。
入院期間、入院費用、どれだけ掛かるの?
それより何より、私はまた歩けるようになるのだろうか?
ともかくいろんなことが把握できるまで、痛み止めを打ちながら、まず今は、骨の痛みに耐えるしかない。
父も母も歳を取りすぎていて、近くだから見舞いに来て、と、気軽にお願いできるような状況にもありません。
親戚はみな他県に居るし、実家のあるその土地に気軽に来てと頼める友人は無し、
八方ふさがりで、どうにか一人で切り抜けるしか他に方法がない事に、うすぼんやりとだけど、気が付いていました。