いつもとなりにいた人が…nekonezumiのブログ

2020年6月、いつもとなりにいた人が脳梗塞で虹の橋を渡りました。あっという間の出来事でした。

taru-wo-shiru

ねことねずみ

tatu-wo-shiru.


最近この言葉をとても大事にしています。


タルヲシル。


足るを知る。



「分相応に満足することを知る」、「足りていることを知り、それ以上を求めない」ということですね。


こんなふうに言葉にしてしまうと、なんだか味気ない気すらしますけれども、


この金言は奥が深い。


老子の「足るを知る者は富む」という教えに由来しているのだそうです。





足るを知ることこそ、


つまり、満足することを知っている人こそ、


心豊かに幸せに過ごすことができるという事だと思います。





人の欲望はキリを知りません。


自分がいかに恵まれているか、満たされているかに気付くことなく、


人は自分の欲望が湧くままに求め続けてしまいがちです。


それを老子は、


「今以上のものをに求め続けても、いつまでたっても決して幸せになることはできない」と説きました。


お金やもの、その他の欲望に自分の人生を振り回されたり、人と争ったりしないために、


今の状態に満足することが大切であるとして、


「足るを知る者は富む」との考えが生まれたのだそうです。






まさに然り。


今の自分に、そして、その置かれた環境や境遇に満足することこそが、幸せへの一番の近道ですよね。


仮に、それ以上のものを求めたにしても、決してキリがないし終わりがない。


つまり、現状に満足せず求め続ける限り、私は幸せではないし、満たされません。




確かに人にとって「向上心」というものは、ある意味とても大事なものかもしれないけれど、そこはそれ、若い人たちに任せましょう。


向上、成長、活発、飛躍。 そんな元気な言葉は、若い人たちのためのものです。


私達中年期、熟年期の世代は、身の丈に合った幸せを満足とするのが大人の考えというもの。


それが一等賢いし、穏やかで素敵なような気がします。





私、産まれてこの方、座右の銘などというものは持ったことは無いのだけれど、


これこそをワタクシの座右の銘、ということにでもしましょうか。

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