いつもとなりにいた人が…nekonezumiのブログ

2020年6月、いつもとなりにいた人が脳梗塞で虹の橋を渡りました。あっという間の出来事でした。

記念日 (あるいは 美学 )

ねことねずみ

私がSを自認した…という記事の前に、


今日はちょっと寄り道を。



明日は19日です。 1月19日。


なんとなく恐れていた日です。


失恋記念日から1ヶ月が経ちます。


そして、退院した日からはちょうど2ヶ月経ったことになります。




あぁ。リフジン様と会えなくなって、もう2ヶ月が経つのか。


そして、彼との未来の可能性が皆無になって1ヶ月。


もう逢うことも叶わない。




好むと好まざるとにかかわらず、


何においても気持ちが浮足立つ ”恋路” からは遠ざかり、


少し冷静になって、彼と過ごした時間を思い出しても、


やっぱりかなり、いいセン行ってた気がします。(私まだ酔っぱらってるの?)




だから私がもし、明日、私と彼の記念日に、


彼に会いに行ったとしたら、


何かしらの進展があるような気がします。


例えば2人でお茶を飲みに行くとか、ご飯食べに行くとか。


そのくらいはできるんじゃないかしら。



だってあの子、結局、おねえさん(私)が恋しかったんだもの。


もっと甘えたかったし、


おねえさんに、からかったりいじめて欲しかったし、


ごろにゃんしたかったし、


サディストとして相手が欲しかったし、


そして、たぶん、


生きることについて何某かの答えが欲しかったに違いないんです。


(本当の意味で、あの人と私が反応しあったのはそこのところです。)





私だって、ほんとうに、死ぬほど逢いたい。


言葉の少ない彼の心を探りたい。


そうして、あの人の笑みや、声や、美しい体躯や、あの人の全てを抱き締めたい。今、この腕で。





だけど私は、会いには行きません。


明日は普通に仕事に行くし、


明後日と明々後日の休みは、来週のために体を休めます。




それが、私の美学だからです。


プライドの高い頑固者は、


一度断ち切った思いはもうすでに過去のもので、二度と同じ轍は踏みません。


それが私の生き方で、ずっとそういう不器用で損な生き方をしてきたんだよ。




でも一方で、この間もお話ししたけど、「ざまぁ見ろ」と思う私もいたりします。


「私をかしずかせたい、なんて思ったからだぞ、馬鹿野郎」。


それこそ、どこかのサディストさんと同じように、


鼻でフフッと笑って、ニヤリとする私がいます。

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