いつもとなりにいた人が…nekonezumiのブログ

2020年6月、いつもとなりにいた人が脳梗塞で虹の橋を渡りました。あっという間の出来事でした。

信じる。

もうすぐ灯油買いに行くのも終わりだなぁ…なんて思いながら、


ガソリンスタンドで灯油を買ってきました。


20ℓを1缶と18ℓを1缶です。


旦那さんが生きているときは、


灯油をストーブに入れる作業さえしたことなかったのですが、


もうすっかり一人で全部できるようになりました。


最初は、「足が悪いから重いの運べないよ。どうしよう」…なんて思ってたけど、


よいしょ、とクルマから降ろして台車に積めば、


松葉づえは片腕に引っ掛けた状態で、両手で押して、簡単にスイスイ運べます。




急に話が飛びますが、


もうすぐ、旦那さんが買ってきてたお米がとうとう無くなります。


私、しばらく自分で炊事はせずお弁当ばかり食べていたから、


旦那さんが買ってきてたお米に手を付けたのは、12月ごろだったかな。


それからも、毎日夕飯分の0.5合を炊くだけだから、


たいした量でもなかったんですが、


少しずつ少しずつお米は減って、


たぶん明日か明後日には、旦那さんの買ってきてたお米は全部、無くなってしまいます。




なんか、そういうのって一番寂しい気がします。


昨年の6月3日以降は、旦那さんは何もできない…、


机の上のペン一本すら動かせないのだから、


時間の経過とともにだんだんだんだん、影が薄くなるのはやむを得ないのですが、


それにしても、使って無くなっちゃうとか、


時間が経って必要なくなっちゃうとか、


そうやって、旦那さんの面影が一つ一つ減っていくようで、


その度なんだか、たまらない気持ちになります。





でも、もし仮に、旦那さんがあの世から帰ってきてこの家に来たとしたら、


結構びっくりすると思うのね。


今でも自分でよくわからないのですが、


旦那さんが亡くなった直後、急に家のあちこちを変え始めた時期があったのです。




たとえば小さな壁掛けを買って飾ってみたり、


家中のタオルをほとんど全部新調してみたり、


いきなりレースカーテンを全部はずして洗濯してきれいにしたりもしました。



レースカーテンは奇麗になっただけだけど、


タオルが変わったり壁掛けがあったり、家のあちこちがちょっとずつ変わっていて、


最初のうち、ふと気が付けば


「旦那さん、帰って来てびっくりするだろな」と普通に思ったりしてました。


そしてそれから、「あ」と思う。


「もう帰ってこないんだ」。


そんなことの繰り返しでした。




だけど、今はさすがにそんな間違いは無くなってしまって。


旦那さんがこの世からいなくなったことは、私にとって100%現実になったけれど、


だから、しょうがないから今度は、


「私があの世に行ったときに必ず再会してまた一緒に暮らす」



ことを100%信じることにしました。


実際には起こらないことかもしれないけど、


だれも、絶対に起こらないとは言えないでしょ。


だから、勝手に信じることにしたのです。


だれも間違いだって言えないし、


別に、私だけ、絶対一緒に暮らせると信じてればいいだけの話だもんね。

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