いつもとなりにいた人が…nekonezumiのブログ

2020年6月、いつもとなりにいた人が脳梗塞で虹の橋を渡りました。あっという間の出来事でした。

ナーバスな気持ち

もうすぐ3.11です。


前にも一度書いたかもしれませんが、


10年前の3.11のあの時刻、旦那さんと私はたまたま一緒に居て、


ちょっと休憩にお茶でも飲んで…と、ちょうどファミレスに入ったところでした。


席に座り、何を頼もうか…とメニューを開いたところで、


グラグラグラグラグラ…。


かなり長い時間揺れていたような気がします。


お店のシャンデリアが大きく揺れて、窓ガラスが割れる音が聞こえました。


そして揺れが大きかったため、(なぜそうなったか詳しくは覚えていないのですが)、


ふたりとも床にペタンと尻もちをついて、座り込んで動けない状態でした。



旦那さんは私を、背中から抱っこしててくれてました。


しばらくの時間ずっと、揺れが収まるまで、ふたりでピッタリくっついていました。


当時あまり考えなかったのだけど、


旦那さんはあの時、地震から私を守らなきゃと思ってくれてたんですね。


だから背中から覆いかぶさるように私を抱っこしててくれてたんですね。


……なんかちょっと、のろけてますけど、(スミマセン)


大事にしてもらってたんだなぁ…とありがたい気持ちでいっぱいになります。





去年のこの時期はあまり、目立った震災関連のテレビ番組はなかった記憶があります。


だから私、旦那さんに


「そろそろ震災の番組が無くなって来たねー。」と言った覚えがありますもの。


だけど今年はさすがに10年目だけあって、


この1週間は、NHKなど特に、ドキュメントなど随分あるみたいです。


今日もテレビ見てたのですが、


津波の映像や、破壊された建物や、もちろん死者数などの情報を聞いて、


おかしなことに、私、涙がボロボロ出てきました。




別に去年まで、震災の番組見たからって泣くなんてことなかったのに。


私自身は、広い意味では被災者ということになるのかもしれませんけど、


別に周りに亡くなった方がいるわけでもなく、


飲料水やガソリンが無くなったくらいで、特に何か被害にあったわけでもありません。


なのになんでこんなに涙が出るの?と、不思議な気持ちになりました。





どうやら、テレビの映像を見て、


私は、私なりの(旦那さんと過ごした)10年間を思い出しての涙、みたいです。


もちろん震災の影響を受ける中での、旦那さんとの生活があって、


それが思い出されて涙になったらしいです。



そしてまた一方で、


どうやら私、人の死と言うものに対して、


かなりナーバスになっているらしいのですね。


過敏になっているというか、ピリピリしているというか。


だから、2万2千人もの方が亡くなった震災に対して、


改めて、今までとは違った意味で、より大きな恐怖を感じてしまうのだと思います。




もうヤダ、と思います。


人が死ぬの、ヤダヤダ。絶対ヤダ。

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