いつもとなりにいた人が…nekonezumiのブログ

2020年6月、いつもとなりにいた人が脳梗塞で虹の橋を渡りました。あっという間の出来事でした。

心にすきま風

私が足が悪いから、何かあったら危ない…と思ってくれていたらしく、


お風呂はいつも一緒に入っていたのです。


私が一足先に入って、私が湯船につかっている時に、


旦那さんがお風呂に入ってくるという、時間差でいつも入浴していました。




私が危険な目に合わないようにということもあったけど、


ガス代と水道代の節約にもなったし、


せまい湯舟に2人で浸かっておしゃべりするのは、とても楽しいものでした。




時間差なので、毎回、私が浴室から旦那さんを呼ぶわけですが、


「はぁ~い」という返事がとてもなつかしいです。


「はぁ~い」というよりは、どちらかというと「ふぁあぁい」みたいな返事で、


いつも同じ調子で返事を返してくれてたから、


それがとてもなつかしいです。


亡くなってしばらくは、私がお風呂に入ってて、呼んでも何故その声が聞こえないのか、


よくわからないような気がしました。


私がお風呂に入っている時は、旦那さんはいつもリビングでテレビ見ているはずなのよ。


だから、呼べば必ず返事をして、シャツとパンツを脱いでお風呂に入ってくるはずなの。


それが何年も何年も何年も、ずっと続いていたんだから。


今日も、呼べば必ずその声が聞こえるわけなのよ。


今日は何故呼んでも返事が聞こえないのか、理由がわからない。




………、暫くの間は混乱してしまっていて、


ある意味、あの人が生きていることが本当なのか、死んでしまったことが本当なのか、


よく理解できていませんでした。


だから、姿が見えないお風呂場からあの人を呼べば、


すぐにお風呂に入ってきてくれるような気がしたの。


それが当時の私でした。





今も、浴室から出る瞬間、湯舟を見る時、


湯舟に旦那さんが入っていないことに、見る度、毎日、違和感があります。


なぜ、あの人が湯船に入っていないの?


私がお風呂を上がる時は、必ず湯船にあの人が入っていて、


目をつぶって明日の仕事の事を考えていたものなのに。


なぜあの人が入っていないの?


なぜ湯舟にお湯しか見えないの?


今でも、何だかその度に、


「あぁあの人はもう居ないのだった」と小さく再認識させられて、


心にちょっとすきま風が吹くような思いがします。

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