いつもとなりにいた人が…nekonezumiのブログ

2020年6月、いつもとなりにいた人が脳梗塞で虹の橋を渡りました。あっという間の出来事でした。

一人暮らしが板につき

最近、家に一人でいることが「普通」になってきました。


まだまだ日によって違うのですけどね。


寂しくて寂しくてしようがない日もあれば、


今日のように、休みを利用して用事をしたり買い物したり、忙しく動いていれば、


以前からずっと同じに、こんな暮らしをしていたような…気さえするのです。




今日、ガソリンスタンドに、多分この冬最後(?)の灯油を買いに行きました。


いつも同じガソリンスタンドに行くから、


そこのお兄ちゃんお姉ちゃんとは顔なじみになっていて、


私のクルマだとわかると、何も言わなくともバックドアを開けて、


灯油の缶を出してくれるようになりました。




旦那さんが亡くなるまで、灯油なんて買いに行ったこともなかったのに。


今では私自身、慣れた手つきでさっさと灯油を運んだり、


ストーブに灯油を入れたり、


他にも、前は旦那さんがやってくれていたいろんなことを、


たいがい、すっかりスムーズにできるようになりました。





もちろん今でも、ぼんやりしている時など、ふ…と思い出しては涙ぐみます。


リビングの、もう誰も座らない椅子には、ちゃんとおそろいの椅子カバーが掛けてあるし、


タンスや引き出しなども、入っているものは、ほとんどそのままにしてあります。


(引き出しにはパンツや靴下が入ったまんまだし。)


以前ちょっとその気になって、パソコンに入っている旦那さんの写真を全部印刷しようとしましたが、


結局、本気になれなくて、写真用紙をたくさん買うだけ買って、やらないまま放ってあります。





タンスや引き出しも、アルバムもそうだけど、


整理などし始めたら、ものすごい悲しみや動揺や、そのストレスって考えただけでもぞっとするので、


今のところ、整理はおろか、開けてみるのもなかなかできずにいるのです。




そうやって、傷口はあえて開かないようにはしているけれど、


去年の今頃の私とは、確実に違っています。


今日の休みも、用事や買い物を済ませて家に帰ってきたら、


そこからはのんびり、鼻歌交じりにお風呂に入って、


ご飯は生協の料理セットで簡単に炒め物をして。


(特に野菜などは、もともと料理に合わせて刻んであるものを一人分か二人分、


必要量だけあるほうが、結局痛まず捨てずに済むのです。要するに経済的。)


ささっとご飯を食べて、あと片付けを済ませたら、


あとは、ゆっくりのんびり、撮り溜めたビデオを見る。


ビデオを見ながら、アハハと一人笑いをする。




そんな生活がすっかり板についてしまって、


以前からずっと同じに、こんな暮らしをしてきたような気さえしてしまうのです。


ふと以前を思い出し、


なんだかとても申し訳ない気持ちになります。

×

非ログインユーザーとして返信する