いつもとなりにいた人が…nekonezumiのブログ

2020年6月、いつもとなりにいた人が脳梗塞で虹の橋を渡りました。あっという間の出来事でした。

自分を責める気持ち

昨日の気持ちを少し引きずった一日でした。


ここしばらく無かったくらい、


旦那さんが倒れたあの日をとてもリアルに思い出しました。




ごめんね、ごめんね。


あなたの病気に気が付けなくってごめんなさい。


腰が痛いって言ってたけど、


それを背中の痛み(梗塞の予兆)だとどうして気づけなかったのか。


もちろん、梗塞が原因で背中が痛むなんて、


当時の私は知りもしなかったけれど、


でも、自分を責めてしまいます。




…というか、私は自分を責めたいから、責めるのだと思います。


自分を責めることで、悲しみの気持ちが薄まるから?


自分を責めることで、悲しい事ばかりを考えないようにするために?


なんだか不思議ですけど、自分を責めることで、どこかで少し安心する私が居ます。





でも冷静に考えれば、


当時、旦那さんは私の勧めで、狭心症でいつも掛かっている内科医も受診したし、


腰痛だと思っているから、整形外科も受診しました。


少なくとも2人の専門家が診ているのに、


心臓に血の塊ができかかっていて、それがいつ脳に飛んでもおかしくないことを、


どうして気づけなかったんだろう。


飲んでいる薬だって症状だって、旦那さんはちゃんと医者に言ったはずなのに、


いろいろな可能性を推察したり憶測できない、とんだヤブ医者だったのか。


やはり一生懸命勉強して医大を卒業しても、優れた医者って限られるのですね。





だもの、私が病気の予兆に気が付けなかったからと言って、


なんの落ち度があるでしょうか。


仕様がなかったことなのよ、と自分を慰めます。






でも、そう割り切ったはずなのに、


私はまた新しく自分を責める材料を持ち出して来て、


帰りのクルマの中で(得意!)、ギャンギャン泣きました。




(「新しく自分を責める材料」、つまり、旦那さんの死に関することを、


今、このブログに書こうとしたのだけれど、しばらくぶりで軽く吐き気がしてきました。


心理的(?)に思い出したくないことを思い出そうとして、


しばらくぶりで、ブレーキがかかったようです。


なので今日はここらへんで、書かずにやめておきます。)


おやすみなさい。

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