生への執着
雪は思ったほどじゃなかったけれど、
今朝は道路が凍ってるし、クルマが混んで散々でした。
職場に遅刻しそうになって、イライラ、イライラ。
ちょっと危ない運転の車にカチーンときて、
でっかい声で「バカヤロー!」と言ってみるけど、決して相手には聞こえません。
聞こえないから言ってるんだけど。
どうしたら、気持ちに余裕が持てるんだろう…というコメントを戴いて、
つくづく考え込みました。
以下、ちょっと生意気なことを書くので、
イライラしている方は読み飛ばしてください。
旦那さんって、割と物事に執着しないタイプだったかもしれません。
何かをあきらめる…ということを、割と簡単にできる人でした。
何か欲しいものとか、
誰かとの縁とか。
私なんかは強欲の塊なので、物や縁への執着ってひどいものがあるのですが、
旦那さんは、そこらへんの欲が、割と薄いところがありました。
だから以前、何かの理由でケンカして、別れるキレるの話になった時、
なんだかヤケにすんなり家を出て行かれそうになっちゃって、焦った記憶があります。
仲直りをしてから、なぜ…と聞いたら、
「だってしようがないだろ」とボソッと言ったのを覚えています。
気持ちの余裕と執着心に、関係があるかどうかはわかりませんが、
手放す勇気を持つことは、生き易さに繋がるような気がします。
まぁどちらにしろ、私にはあまり縁がない話です。
だけどひとつだけ、
もしかしたらあの人は、生きることへの執着も薄かったのじゃないかしら。
「だって、しょうがないよ。」って。
簡単に生きることを手放してしまったような、そんな気がしてなりません。